
聖徳太子と親鸞
聖徳太子(574~622)は16歳のとき、父用明天皇の病気平癒を祈願して孝養を尽くした。左手に香炉を持っている。587年、用明天皇は崩御した。
聖徳太子は大阪の四天王寺を創建するときに、比叡山などに材木を探しに行った。
現在でも比叡山には、聖徳太子が泊まったことを記念して建てられた椿堂がある。
そのとき聖徳太子は京都の池の端にある坊にも泊まったが、その後、六角堂(頂法寺)が建てられて、初代の住職になったのが遣隋使で有名な小野妹子である。
同寺は華道の池坊の発祥の地であり、小野妹子は初代の家元にもなっている。
この六角堂(頂法寺)に、比叡山で修行をしていた29歳の親鸞(1173~1263)は100日間の予定で参籠した。
95日目に聖徳太子が夢の中にあらわれて、親鸞は妻帯をするきっかけと法然に出会うきっかけを得ている。
法然に師事した親鸞は、南無阿弥陀仏と唱えることと阿弥陀仏のあまねく人を救うという本願にゆだねることを学んだ。
後に、親鸞は阿弥陀仏を信じさえすれば救われるだけではなく、極楽に往生できるという絶対他力をといた。
親鸞にとって聖徳太子は法然以外のもう一人の師であり、太子を「和国の教主」とたたえた。
浄土真宗で聖徳太子の孝養像をまつるのは、恩人でもあったからである。
聖徳太子は「この世」の生活をよくすることを重視したが、「あの世」については、「世間虚仮、唯仏是真」(世間は仮のもので、仏のみ真実である)とした。
親鸞の教えは、「あの世」の問題を解決して「この世」で多くの人々が安心を得て生きるための「絶対他力」という新しい方法を提示したという意義がある。
瞑想をして「あの世」と「この世」の真理を自力で悟り生きることを教えた釈迦の教えとは違いがある。
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