[ 作品 1-8 ]

聖徳太子と日蓮

聖徳太子
聖徳太子(574~622) は勝鬘経(しょうまんきょう)、法華経、維摩経を講じて、義疏(ぎしょ)という解説書をそれぞれ著わした。女性成仏を説いた勝鬘経や在家の教えである維摩経も大切であるが、誰でもが仏になれることを説いている法華経は、日本の多くの宗派が重視している大乗仏教の経典である。

日本人の観音信仰は法華経のなかの「観世音菩薩普門品」にもとづいている。また法華経のなかの「寿量品」は永遠の生命、仏性を説き天台宗や禅宗、日蓮宗などで重んじられている。座禅は心を無にするためといわれることがあるが、本来は自らが仏であるという法華経の教えに気づくためにするものである。

法華経は聖徳太子の後、最澄によって重視される。その後、比叡山で修行した日蓮が法華経を特に重視することになる。

 

日 蓮
鎌倉時代に千葉県安房の漁夫の家に生まれた日蓮(1222~1282)は、今年生誕800年である。
日蓮の意義を端的にいえば、「南無妙法蓮華経」と7文字のお題目を唱えれば、生死を超えた永遠の仏性にいたることができると説き、多くの人々に法華経の教えを広めたことにある。

日蓮は12歳のとき千葉県の清澄寺に入り16歳のときに得度、その後、鎌倉の光明寺で浄土教を学んだ。このとき鎌倉に来ていた阿闍梨にしたがって1242年(21歳)に比叡山へ登り、横川の定光院などで修行に励んだ。

日蓮は聖徳太子と最澄が法華経を最重要視していたことをたたえていた。25歳から奈良や高野山、四天王寺などにも遊学し、聖徳太子の磯長陵(しながのみささぎ)叡福寺にも7日間参籠したことがあり、その記念塔がある。

1253年(31歳)に清澄寺に帰り、この年4月、海上に昇る日輪に向かって「南無妙法蓮華経」と唱え、以後、日蓮と名のり、法華経の法門を広めた。本尊として「南無妙法蓮華経」というお題目の文字を中心としたヒゲ曼荼羅といわれることがある文字の大曼荼羅をまつる。

その後、日蓮は鎌倉に移り活動をする。当時、飢饉や疫病、天災などが続発していたのは、一番正しい教えである法華経から離れて、念仏などの邪法を信じているからであるとして、日蓮は「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊」と他宗を激しく批判し、法華経の教えだけが正しいとした。

しかし逆に、弾圧と迫害を受け、1261年に伊豆に流されて1263年に許されるが、また1271年に佐渡に流されて、1274年に許された後に身延山に行っている。

日蓮は当時の新しい浄土宗や禅の興隆は仏教の堕落であると思い批判した。しかし、日蓮自身は浄土宗からは「南無阿弥陀仏」という念仏を唱えることから「南無妙法蓮華経」と題目を唱えるヒントを得たり、禅では座禅すること、即、仏性にいたることで、唱題を称えれば即仏性にいたることと同じである。真言宗の即身成仏も取り入れている。

また南無妙法蓮華経の文字を中央に書く大曼荼羅は真言密教の曼荼羅からヒントを得たものであろう。日蓮にとって、それぞれの宗派は存在意義があったのである。

法華経を重視した最澄の比叡山延暦寺で修行をした日蓮は、法華経の自分の教義が最高のものだと思って他宗を批判しているのだろうが、残念ながら日蓮の他宗批判は必ずしも同意できる人ばかりとはいえない。唯一の欠点であるともいえるように思われる。

日蓮の教えは日蓮宗だけではなく、新宗教や新新宗教などの多くの団体にも受け継がれている。現在でも日蓮宗関係の団体の信者は日蓮の他宗批判を鵜のみにして、オウム返しに繰り返すだけの勉強不足の人が多いように思われる。他宗派のそれぞれの教義を自ら学べば、その存在意義を知ることができるであろう。

1274年3月末に日蓮はゆるされて佐渡から鎌倉に戻るが、5月には身延山へ向かった。日蓮は『立正安国論』(1260年)の中で外国の賊が日本を侵略することを予言したが、1274年10月に蒙古の大軍が日本に攻めてきた。文永の役である。このときは大暴風雨のため撤退をしていった。
蒙古の2度目の来襲は1281年7月で、弘安の役である。このときは台風で撤退していった。
日本は2度、蒙古により攻められたのであるが、幸い侵略されることにはならなかった。つまり結論は、日蓮の予言通りにはならなかったといえる。

翌年の1282年に、法華経に命をかけて情熱的に生きた日蓮は61歳で入滅した。

日蓮が亡くなった1282年に、彼が「禅天魔」と批判した禅宗(臨済宗)において、北条時宗により鎌倉の円覚寺が宋の僧、無学祖元を開山の住職としてつくられた。

円覚寺は鎮護国家を目的としながらも、二度の元寇、文永・弘安の役で亡くなった日本人兵と蒙古兵の菩提を弔い、現在でも合同の法要を毎年している。

参考になる本:
『磯長山・叡福寺 日本人の心の原点・聖徳太子』 磯長山・叡福寺、2021年
『法華経』上下、岩波文庫、昭和42(1967)年
『日蓮 その生涯と思想』久保田正文、講談社現代新書、1967年
『日蓮文集』兜木正亨校注、岩波文庫、昭和43(1968)年
『永遠のいのち<日蓮>』仏教の思想12 紀野一義・梅原猛、角川書店、昭和44(1969)年
『法華行者の精神』茂田井教亨、大蔵出版、1979年
『日蓮の本』学習研究社、1992年
『日蓮「立正安国論」』全訳注、佐藤弘夫、講談社学術文庫、2008年
『円覚寺』貫達人・文、荒牧万佐行 円覚寺 平成8(1996)年
『青年執権・北条時宗と蒙古襲来』緒形隆司、光風社出版、2000年
『北条時宗と日蓮・蒙古襲来』尾崎綱賀、世界書院、2001年
『鎌倉の禅寺散歩』竹貫元勝、慶友社、2001年

2022.9.1

 

次の3作品が、スマートホンなどのサイト「まんが王国」で3月25日からみられます。
『深層心理学のレジェンド ユング』石田おさむ
『精神分析のレジェンド フロイト』石田おさむ・画, 細山敏之・作, 福島章・監修
『近代科学のレジェンド ニュートン』石田おさむ・画,  千崎研司・作,渡辺正雄・監修
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