ネットギャラリー両界堂_2-5靖国神社問題は解決できる!
[ 作品 2-5 ]

靖国神社問題は解決できる!

平成25(2013)年、大阪の四天王寺を2回目にお参りしたとき、お寺で働いている女性から、聖徳太子(574~622)の聖霊院奥殿の脇に物部守屋をまつる祠(ほこら)がつくられていて、現在でも子孫がお参りに来ているという話を聞いて感動した。

日本に仏教が伝来したのは538年である(『日本書紀』では552年)が、最初のころは蘇我稲目などが個人的に仏像をまつっていた。
仏教が少しずつ広まるにつれて神道の物部氏らは当時、疫病(天然痘)がはやるのは異国の宗教を信仰するからだとして、仏像を破壊するなどのいやがらせをして仏教に反対する行動をした。

587年、ついに排仏派の物部守屋らと崇仏派の蘇我馬子、聖徳太子らとの戦いとなる。数え14歳の聖徳太子は白膠木(ぬるで)を切って四天王像を彫り、闘いに勝ったら寺をつくることを誓い祈った。

聖徳太子らは戦いに勝ち、守屋の土地を没収して、摂政になった593年に四天王寺をつくっている。
守屋の家来は聖徳太子に引き取られたというが、その後も四天王寺のスタッフとして今でも働いているという(谷川健一著『四天王寺の鷹』河出書房新社、2006年)。
「十七条憲法」の「和の精神」が1400年以上前から実践されてきているのである。

一方、靖国神社は明治天皇が数え18歳の明治2(1870)年に戊辰戦争などの官軍の霊をまつるために東京招魂社を創建したことに始まり、明治12(1880)年に靖国神社と改称されている。
明治政府は官軍のおかげでできたので、国のために戦い命を落とした志士に対して慰霊したいという感情は尊いものである。
その後、日清戦争、日露戦争、太平洋戦争などで戦い亡くなった軍人をもまつることになった。

現在、日本の首相が終戦記念日などに靖国神社を参拝すると中国や韓国から批判されるが、靖国神社の問題は官軍をはじめ味方の霊をまつることが中心になっているからである。

四天王寺からの帰り道で、戦った敵の霊をもまつるという「四天王寺方式」を適用すれば靖国神社問題は解決できるというアイデアを思いついた。

靖国神社に徳川幕府や会津藩などの賊軍の霊をまつるだけではなく、日清、日露、太平洋戦争などの敵国の英霊もまつるのである。
つまり中国、韓国・北朝鮮、ロシア、イギリス、フランス、オランダ、アメリカなど、日本と戦った国々の霊をまつることが必要なのである。

後で知ったことであるが、平成25(2013)年に靖国神社の第11代宮司になった徳川康久氏は徳川家の末裔であるが、明治以降の日本は賊軍の人々の貢献もあったからできたので、靖国神社に幕府や会津藩などの賊軍の霊もまつるのがよいという考えをもっていた。

徳川宮司と話した亀井静香氏(当時、衆議院議員)は共感して、靖国神社創設150周年の企画として平成28年に提案した。
令和2(2020)年に創設150年になったが、現在でも企画はまだ実現していない。

なお、鎮霊社という祠が靖国神社の本殿に対して左横の本宮のとなりに建てられている。本殿に合祀できなかった日本人と外国人の霊をまつるために、昭和40(1965)年に筑波藤麿宮司(第5代)のときに私費をもとにしてつくられたという。

平成25(2013)年当時に首相であった安倍晋三氏は、靖国神社は日本人の霊をまつるだけではなく外国人もまつられているとして、鎮霊社をお参りした。
しかし翌年、鎮霊社がなくなれば、まつられている霊は本殿にまつられるのではないかと考えた日本人青年が、鎮霊社を放火しようとした事件があったためか、現在は残念ながら鎮霊社は鉄柵に囲まれたままで、一般の人は入れない。

また、一般の人用の地図には鎮霊社の名称が一時記入されていないことがあり、大切にまつられているという雰囲気ではなく、腫れ物には触れないという扱い方であった。しかし、現在の地図には鎮霊社の名称が再び記入されている。

A級戦犯の人をもまつることを批判する人もいるが、親鸞の言葉に「善人なおもて往生す、いわんや悪人をや」という言葉があるが、悪人、罪人、すべての人をまつり霊が救われるようにするのがよいのである。
もちろん日本人だけではなく敵だった外国人をもまつるのである。本格的な取組みが必要である。

靖国神社の前身の東京招魂社をつくった明治天皇は「明治大帝」といわれることがあるが、歴代の天皇のなかでも優れていたといわれている。それは自分ですべてをして独裁的になるのではなく、部下の意見をよく聞き尊重をしていたからである。
また、戦争より平和を志向していた面もある。

現在生きていれば、創建当時のままではなく、時代の変化に合わせて問題を解決するために、靖国神社を大きく進化させることに賛成してくださるであろう。

平成や令和の天皇は世界の平和を祈り望まれている。靖国神社が今までと変わらないかぎり、残念ながら令和の天皇も親拝されないであろう。
靖国神社の遺族の人数は少なくなり先細りになる。親拝していただくに値する新しい価値をつくりだして、「世界平和の美の聖地」にする必要があるのである。

逆に、世界各国の人々の霊をもまつることができれば、靖国神社が国際的な意義をもち、今まで以上に存在価値も高まり、天皇は一度だけではなく毎年でも親拝されることになるであろう。

なお、ロシアのプーチン大統領は、ネオナチから市民を守るという名目でウクライナに侵攻し、無益な戦争を始めてしまった。
21世紀、そして未来は愚かな戦争をする時代ではない。人類は協力しあわないと生きていけない時代になってきているのである。

靖国神社問題を解決することは、自国の人の霊だけが尊いのではなく他国の人の霊も尊いのだということを学び、互いの命を尊びあい、相互礼拝をして無益な戦争をしないためのステップになる。

各国の指導者が来日したときに必ず参拝してもらい、戦争は愚かなことで、しないことが大切であることを、各国の指導者が学べる空間にもなるのである。

 

参考図書: たくさんの本が出版されているが、最近の主な本である。
高橋哲哉『靖国問題』ちくま新書、2005年
島田裕巳『靖国神社』幻冬舎新書、2014年
宮澤佳廣『靖国神社が消える日』小学館、2017年
島田裕巳『神社崩壊』新潮新書、2018年
小堀桂一郎『靖国の精神史』PHP新書、2018年
ドナルド・キーン『明治天皇』第1~4巻、新潮文庫、2001年
ドナルド・キーン『明治天皇を語る』新潮新書、2003年

2022.6.1

 

 

 

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